夏の甲子園で、京都国際高校が関東第一を2-1で破り、初優勝を果たしました。延長10回のタイブレークによる大熱戦は多くのファンから称賛され、スタンドからも惜しみない拍手が送られました。
しかし、SNS上では京都国際高校の優勝に対して、「選手たちに罪はないが、祝福する気分になれない」といった投稿が相次いでいます。
これらの反応の背景には、京都国際高校の校歌が関係しているようです。
校歌が引き金となった批判
京都国際高校の校歌が批判の的となっている理由は、歌詞が韓国語であること、そしてその中に「東海(トンへ)」という言葉が含まれている点です。
この「東海」という言葉は、韓国が主張する日本海の韓国側呼称であり、韓国政府が日本海の呼称を「東海」に変更するよう国際機関に働きかけている背景があります。
そのため、この言葉が校歌に登場することで、京都国際高校が甲子園で勝利するたびに、韓国の主張が目立つ形となり、「高校野球が政治利用されているのではないか」という議論が活発化しています。
SNSではこの点が問題視され、「神聖な甲子園が韓国に汚された」といった感情的な投稿や、校歌の放送に対して抗議する声も上がっています。
京都国際高校の歴史と校歌の背景
京都国際高校は、1947年に在日韓国人向けの民族学校として創立されました。
当初は「京都朝鮮中学」として開校し、後に「京都韓国学園」として認可を受けました。
2004年に学校教育法上の一条校となり、一般にも門戸を開放していますが、その歴史的背景から現在でも校歌は韓国語のままです。
このようなルーツを持つ学校が甲子園で活躍することで、政治的議論が噴出することがあるのです。
選手たちには「罪はない」という声
この議論において、「選手たちに罪はない」というフレーズがよく見られます。
つまり、野球部の生徒たちが政治的な問題に関与しているわけではなく、純粋にスポーツに打ち込んでいることは認識されています。
しかし、校歌の内容や学校の歴史的背景がどうしても政治的に敏感なテーマと結びついてしまい、祝福しきれないという複雑な感情が一部のファンに生じているのです。
まとめ
京都国際高校の甲子園優勝が政治的な議論を呼んだ背景には、学校の歴史的な背景や校歌の歌詞に起因しています。
選手たちは純粋にスポーツに打ち込んでいるものの、一部のファンにとっては校歌が「高校野球の政治利用」として映り、祝福の気持ちに影響を与えてしまいました。